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サプライズ

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2012年12月

ようやく…

松ケン 評価を上げた老いの演技

2012年12月30日(日)7時0分配信 日刊ゲンダイ

  •  全50回の平均視聴率が関東地区12.0%、関西地区11.6%(ビデオリサーチ調べ)――。いずれも歴代のNHK大河史上最低を更新した松山ケンイチ(27)主演の「平清盛」。井戸・兵庫県知事は25日、「あれだけ注文したのに画面は変わらず、もう少し工夫があったのでは」とくさしていた。だが、それほど悪いデキだったのか。

    「大河ドラマの50年」(中央公論新社)の著者で放送ジャーナリストの鈴木嘉一氏はこう言う。

    「『平清盛』は馴染みの薄い平安時代を取り上げた意欲作。個人的にはドラマ全体の質も前作の『江』より高いと感じました。もちろん、チャレンジに対するリスクはつきもので、対策は万全だったか。たとえば、大きな見せ場である保元の乱を中盤に放送し、それ以降の物語は単調な展開が続いた。歴史ドラマに求められるのは現代との接点をどう持つか。一視聴者として共感できるところが見当たらなかったのは残念です」

     そんな中でも、光ったのは主役の松ケンだ。

    「1年間にわたって役者としての成長を感じました。特に後半の老いの演技はたいしたもの。09年『天地人』以降、大河の視聴率はジリジリと低調傾向が続き、厳しい状況に変わりはありません。朝ドラ同様、大河はNHKの看板番組という宿命を背負っています。主役も含め、周囲から騒がれるのも宿命だと思い、今後も取り組んでほしい」(前出の鈴木氏)

     (日刊ゲンダイ2012年12月27日掲載)

    先ほど目にしたケンちゃんの記事
    撮影も放送も終わってしまった今頃だけど、ケンちゃんの演技をしっかり評価してくれた方がいらっしゃった!!
    ケンちゃん自身は大河に出演できたことを”貴重な経験”と言い、前向きな意見に救われたAKIだけど、こんな意見を目にしてようやく枕を高くして寝られそう…(大袈裟?)
    欲を言えば…過去にない挑戦をしてきたドラマの方も評価して欲しかったし、他のキャストの方だってとっても頑張ってたと思うけど…

    でも…とにかく(*^ー゚)b やったね!!

    平清盛 「遊びをせんとや生まれけむ」

    ”ついに”最終回を迎えてしまった~sad
    ブログ記事を書くのが大変で(テヘッbleah)ホッとしていた時もあったけど、やっぱり…やっぱり…寂しい…weep
    でも…でもね、新しい役のケンちゃんを見るには”清盛”とさよならしないとね…。
    そんな前向きな姿勢で清盛の最後の記事を書きます。



    熱病に倒れたはずの清盛が元気な姿で伊勢の西行の庵へ。
    清盛も西行も??
    清盛の話を聞いているうちに西行は納得flair
    「お手前はまもなく…死ぬのでござりましょう…。」
    「なんだ…そう言うことか…って えっ!!」

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    最終回でdownってなっているのにいきなりここで笑わされちゃいましたhappy02
    清盛は生き霊になっていたのねgood
    史実ではないと思うけど、後ととの繋がりを考えての藤本さん流のナイスな設定でしたね。

    同じ頃、京では高熱でうなされる清盛を一門が見守っており…。(史実では盛国宅らしいけど…)
    水をかけてもかけても蒸発しちゃう。
    隣で見ていた主人が「…んなわけないじゃん」とツッコンでいましたが、結構この描写は書かれてますよね。

    彼の死因のちょっと調べてみたところ、マラリア説が有力のよう…。
    貿易を盛んに行っていたことや、京の町には死体が転がり下水道も整っていない不衛生な環境では充分にあり得たと考えられているらしいです。
    その他の説としては…性病、過労などとも…。

    話を戻し…
    「死んでいった家族や友のためにも頼朝を倒し、再び福原に都を作るまでは死ねん!!」と強く語る清盛に対し、西行は静かに唱える。
    「その方たちも皆、そうだったのでは…?やり残したことがある、果たせなかったことがある…皆、無念であったことでしょう…されど…皆に等しく訪れるのが”死”というもの。それ故にこそ人は命尽きるまで存分に生きねばなりませぬ。そしてお手前ほどそれを体現したお方を私は…他に知りません。」

    「嬉しい時、楽しい時も、辛い時、苦しい時さえも子どもが遊ぶようにお手前は生きた。平清盛の一生、まばゆいばかりの美しさにござりまする。」
    さすが西行さん、いいこと言うなぁ…confident
    それを聞き、涙を流す清盛。

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    無念ではあるけれど、ようやく彼も”死”を受けられたみたい。

    そしていきなり目を覚ました清盛が今までうなされていたのが嘘のように立ち上がり、「きっと、我が墓前に頼朝が首を供えよ!!!」と言い、バタッと倒れた。

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    Σ(゚д゚lll)アブナッ ”ケ、ケンちゃん、頭…だ、大丈夫…だった?”!って、いきなり素に戻ってしまったAKI。(あ~、ビックリした)

    清盛が亡くなり、ケンちゃんの出演ももはやこれまで…と思っていたけど、藤本さん&N様はそうはしなかった!

    その後平家を訪れた西行が言う「入道さまより方々にご遺言を預かっておりまする」と…。
    話し出す西行の声がケンちゃん…いや、清盛の声に…heart02
    そして姿も清盛に変わり再びケンちゃん登場!!(≧∇≦)
    一門、一人一人に言葉をかけていく。
    こんな穏やかな優しい顔の清盛は久しぶりheart04

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    この時点でAKIの涙腺は崩壊。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
    こ、こんな演出をするなんて…(いい意味で)N様…卑怯だ~~~!

    そして頼盛は清盛の遺言を守るためか?源氏との戦の前に平家を裏切り、鎌倉の源氏の元に身を寄せる。
    このドラマでは生粋の平家の血を引くのは頼盛只一人だものね…。
    史実でも頼盛の子孫は皆、生き延びているようだし…お役目を果たしたってことね。

    忠清は伊勢平氏の乱を起こし、捕縛の末斬首。
    忠度は一ノ谷の戦で討ち死。
    重衡は大仏焼き討ちを恨む南都に送られ斬首。
    維盛は一ノ谷の陣中より逃亡し、出家ののちに入水。

    そして”壇ノ浦の戦”。
    資盛、経盛、教盛、経子は入水。
    宗盛、清宗(宗盛の子)は入水後、捕らえられ斬首。
    建礼門院徳子は出家し、一門の菩提を弔う。
    時忠は壇ノ浦の戦でご神鏡を守った功績により死罪を免れる。
    時子は安徳帝、草薙の剣とともに入水。
    そして知盛も入水、鎧を2枚重ね、碇を体に巻き付けて海に沈んだのは有名ですね。(壇ノ浦にはその銅像もありますし…)

    皆の楽しそうな回想シーン、悲しげな時子の顔、知盛を演じた小柳くんの迫真の演技…”もはやこれまで…”と一緒に思ってしまいましたよsad

    ドラマの中では平家一門は”滅亡”と言ってもいい状態だけど、この一年、関連番組をいろいろ見てきて平家でも生き延びた方がいらっしゃったという説を知りました。
    安徳帝、替え玉説。
    知盛の命により資盛が九州の鬼界ヶ島(硫黄島という説も)までお連れし、のちにその島の女性と結婚したとか…。
    貞能は壇ノ浦のあと、東北(たしか福島?)へ落ち延び、定義と名を変え、そこで”じょうぎさん”の愛称で慕われてたとか…。
    今でも平家の落人の末裔と信じ、平家を大切にしている方たちが各地にいらっしゃることは事実。
    平家の血は今も脈々と受け継がれていると信じたいです!

    そして意外にも源氏方の壇ノ浦の勝利後も描かれ…
    源氏を勝利に導いた義経の必死の懇願も虚しく、命を狙われる身に…。
    頼朝は誰よりも身内同士で殺し合う苦しみを知っていたはずなのに、なぜ義経を信じられなかったんだろう…。
    平家の滅亡は時代の流れとしても、身内を排除してまで作りたい”武士の世”がAKIには理解できない…。
    叔父上のことは命として、身内を殺さなかった平家とは対照的。

    そこへまたまた西行さん登場!
    鎌倉の頼朝の屋敷を訪れ、またまた清盛にすり替わる!

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    岡田くんが頼朝役を引き受けた時、”ケンちゃんとの共演はないだろう”と言われたみたいだけど、念願叶ってワンシーンだけ共演を果たしたのがこのシーンなのねhappy02
    子どもたちに「我が墓前に頼朝が首を供えよ!」と言った清盛が、頼朝に”次世代はおまえに託した”と言わんばかりの微笑み…いいシーンだったなぁheart04

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    そして頼朝の家臣に追われた義経と弁慶の最期のシーン。
    弁慶を演じた青木さんは終始弁慶そのものでした!
    有名な壮絶な最期の演技に拍手!!

    Photo

    そしてエンドロール!

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    ”髭のないケンちゃん”と”水の中”…まさにこのシーン!!
    思わず歓声をあげてしまったAKI。

    「清盛!来とるんだったら来とるって早よ言わんかい!」懐かしい兎丸の声。
    扉が開かれるとそこは清盛の屋敷。
    一門が待ちかまえていた。
    盛国、忠清、頼盛、教盛、基盛、時子に重盛も!!!
    宗盛、知盛、重衡、時忠、宗清、貞能…みんなみんな笑ってる…・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
    幼い頃から大河を見続けてきたAKIだけど、こんな終わりってあったっけ?
    N様~~!卑怯だ~~!!こんなラストってあり?(もちろんいい意味だけど…)

    しかも最後の最後は清盛のあどけない満面の笑みって…。

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    もちろんラストは大洪水・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
    TVを消した後もその日は寝付くまで思い出しては涙が出てきてしまったよ(p´□`q)゜o。。

    ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

    登場人物が多く、王家、貴族、源氏、平家が複雑に絡み合い、しかも平家は”盛盛だらけ”。
    それでもこの記事を書いた時、平家一門一人一人の顔を見ただけで名前がわかるほどになっていた自分に驚きました!

    思えば…病のためブログを書くことができない時期があり、第29回「滋子の婚礼」から書き始めましたが、感情を文字にすることがとても難しく、毎回絞りだすようにして書いていたことも最後の記事を書き上げた今となってはいい思い出です。
    初回から書くことができなかったことは少々心残りですが、その気持ちは次回の連ドラまで取っておこうと思います。

    ケンちゃんに”大河の主役”という大きな夢を叶えてもらった一昨年の秋。
    感情をあまり表に出さないAKIが2日間歓喜したこと。

    岩手県の江刺でクランクアップした直後にあった”ふれミ”で、清盛姿を初めて目にした時の感激!

    低視聴率やバッシングに心を痛めた日々。

    約2年間の嬉しかったこと、悲しかったこと…いろいろな感情が清盛のドラマの終わりとととに蘇ってさらに辛さが増しました。

    でも視聴率とは関係なくたくさんの方たちが”清盛”を応援してくださっていたことを最近知り、またDVD-BOXを手に取った時、大河の長い歴史の一人に名前を刻めたことはとてもすごいことだし、名誉なことだと改めて思いました。

    ケンちゃん!”大河の主役”を引き受けてくれて、そしてそれを立派にやり遂げてくれて、たくさん感動をくれてありがとう!
    長い間、お疲れ様でした!

    平清盛 「双六が終わるとき」  《追記あり》

    息子・重衡が故意ではないにしろ南都を焼き討ちにしてしまったあと、新しい年を迎えた平家は”めでたいのぉ~”などと言ってる場合ではなく…。
    各地での謀反
    その上、頼みの綱の上皇さまの危篤の知らせ
    「もはや運が尽きた…天は平家を見放したのじゃ…」という清盛の言葉が真実味を増してきた。

    そしてまもなくして上皇さまが崩御。
    それに伴い、清盛が幽閉した上皇の父・後白河院が復活!!
    ただでさえ幽閉した者と会うなんて出来れば避けたいのに、すっかり立場は逆転!
    白河院に上から目線で嫌みを言われまくる清盛爺さんが気の毒だったわ~。


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    上皇さまに身罷られた徳子を後白河院の後宮に…なんてまたまた悪知恵を思いついた清盛爺さんだったけど、徳子には「上皇さまだけが光る君にございます」とさらっと断られ…。
    「また別の打つ手を考えるまでじゃ」なんて清盛爺さんも宿敵・後白河院の復活にだんだん元気になってきたのかな?

    時子「もう良いではござりますか…あの光らない君がここまで昇られたのです。これ以上の高望みはされますな…」
    清盛「気楽に言いおって…」

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    時子「気楽に参りましょう…」

    昔のように琵琶を弾く時子。
    それを黙って聴く清盛。

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    最悪の出会いに最悪の求婚…ちぐはぐな夫婦に見えたこともあったけど、長い年月茨の道をともに歩んできた清盛と時子はベストパートナーじゃないですか!
    陽だまりの中で清盛と時子が和やかにひと時を過ごすこのシーン、すごく良かった。
    なかなか二人だけのシーンっていうのもなかったような…。

    そして鎌倉の頼朝の館には次々と平家の家人たちが降伏してきて…。
    連れて来られた人は梶原景時!
    アノ、洞窟に逃げ込んだ頼朝一行を見逃したお方!!
    AKIはあれからず~と何故このお方が頼朝たちを見逃したのか気になっていたんだけど、意外にも高1の息子・miiが知っていた。
    なんでも中学校の時、国語の先生が教えてくれたとか…。
    ”頼朝を見た時、この人こそ次世代を治める人と思い、のちに寝返った”と…。
    まさに景時さんの台詞通り!
    このシーンを描いてくれたn様ありがとうございます<(_ _)>
    ようやくすっきりできましたよ~ヽ(´▽`)/

    源氏には次々と武士たちが集まり、”御家人”と呼ばれる役職を設け、新たな政治体制を作り始めていた。

    ある日、西行が清盛を訪ね、頼朝の鎌倉での町造づくりを語った。
    その話を聞いた清盛は自分が描いた都とリンクする。

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    未来を見つめるような清盛のキラキラした目shine久しぶり。

    その後清盛は後白河院を訪ね、双六の勝負を申し込む。
    負けた者が勝った者の願いを聞き届けるという約束で…。

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    賽を振りながらこれまでのお互いを振り返る。

    後白河院がまだ雅仁さまと呼ばれていた頃、初めて双六の勝負をし、後白河院が勝てば嫡男・重盛をもらうことになった。
    窮地に立たされた清盛。
    しかし幼い重盛が偶然にも賽を振り、清盛が勝った。
    怒る後白河院。
    身を挺して重盛を守る清盛。

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    後白河院「脆いものぞ…親子の絆など…」
    清盛「平氏は王家とは違いまする!」
    ”自分と同じもののけの血が流れている”と言った後白河院との長い双六遊びがこの時から始まった。

    やがて時は流れ、異端児の雅仁さま(後白河院)が帝の座に…。
    それから幾度となく後白河院には翻弄させられた清盛だったけど、確実に頂点に向かって昇っていった。
    お互いがなくてはならない存在にもなっていたこともあったのに、滋子の死をきっかけに敵対するようになっていったのよね…。

    そして最後の賽を振り、清盛が勝った。
    清盛の望みとは…後白河院との双六を最後にしたいということ…。
    平安の世は終わりを告げ、これからは武士同士が覇を争う世になり、武士はもはや”王家の犬”ではないとも告げる。
    現実を受け止め、寂しげな表情を浮かべる後白河院。
    その姿を見つめ、涙する清盛。

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    この涙は自らの夢を叶えた嬉しさであり、院との関係に終止符を打つ寂しさでもあったのかな?

    二人の双六遊びが始まってからいつも清盛のそばには家族の愛があって、”自分と同じ血が流れている”と言った後白河院に愛を感じさせてくれたのは唯一滋子だけ…。
    それも彼の人生のほんの束の間…。
    清盛を前に笑ってはいても、すごく悲しい顔をしていたのが思い出される…。
    清盛が去ってしまい、本当に後白河院は孤独な人になってしまったのね…(ノ_-。)


    その後清盛は…
    「盛国、このあたりを平家の本拠として作り直そうと思うが…どうじゃ?」なんて言いだし…。頼朝に対抗心を燃やしてるの?
    ”まぁ元気になってよかった~”って思ったら突然熱病で倒れ、危篤状態に!∑(゚∇゚|||)

    来週はついに最終回。
    清盛をはじめ平家一門の最期、義経と弁慶の壮絶の死。
    そして今までヒミツにされてきた”水の中”というキーワードと”髭のない清盛”がどんな形で描かれるのか?

    《追記》

    最終回を前に”ケンちゃんの番組出演はないの?”って思っていたら…

    12/22(土) 総合 pm2:00~3:00 土曜スタジオパークに!!

    ゲストは田中直樹さんと清水ミチコさんのようですが、綾瀬はるかさんとのエール交換の様子が紹介されるようです。もちろん最終回の番宣もあるでしょう…(*^ー゚)b

    広島ではキャラクターの清盛と八重たんのバトンタッチ式があったようですが、主役のご本人たちのは”今年は無しなのかぁ~down”と思っていたので…放送が楽しみですo(*^▽^*)o
            

    平清盛 「幻の都」

    長きにわたって平家を支えてきた忠清に”平家はもはや武門ではない”と言われたこと、そして剣を振るうことが出来なくなっていた無様な我が身に呆然とする清盛。
    そんな殿に声をかけられずにいる盛国。
    年老いた二人の姿が痛々しいシーンからスタート。

    神の思し召しと言わんばかりに助かった命なのに忠清ったら「盛国どの、介錯を頼む。」なんてまだ言ってる…。
    忠清が刀を差し出し、無表情の盛国が刀に近づき、手を伸ばす…。
    だめ~~~!盛国~~~!忠清を切ってはだめ~~~!!  と心の中で叫んだAKI。

    「殿がなさってきたこと、根底から覆した罪、生きて償えるものでは…」
    バシッ!!annoy
    盛国が忠清の胸を強く叩いた(ように見えた)←何?盛国が珍しく怒った???
    「平家の武の軸はそなたじゃ。これよりいよいよ平家に抗うものを討ち、平らげねばならん。その時にそなたがおらんで何とする!生きて平家を…殿をお守り致そうぞ…。」
    盛国、たまにはいいこと言うなぁ~、いつも意見してくれればいいのに…。

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    初っぱなからいいシーンで。*((艸д・。`*)゜*。
    n様にしてやられた感が…。

    そして富士川の戦で勝利した源氏側。
    勢いに乗った者ってすごいんだなぁって改めて思った。
    メークなのか?演技なのか?頼朝と政子の目がギラギラして見える。

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    ”戦で手柄を立てたものには領地を与える”なんて…人の心を引きつけるのが上手い人なんだなぁ…頼朝は…。

    そして源氏や僧の動きを不安に思い怯える公卿たちからは”還都すべき!”の声が高まり…。
    平家の棟梁・宗盛は一門を福原に集め、清盛に”還都”を願い出た。
    耳を疑う清盛。
    「都還りはせ~~ん!!」annoy
    西光の最期を彷彿させるような清盛キ~ック!

    清盛「たとえ武士の世と呼べずとも、わしの出逢うた身内、敵味方、友、死、皆の生きた証がこの福原の都なのじゃ。」
    先日の忠清の言葉が心に響いたあとの清盛のこの言葉は、野望じゃなく本心なんだよね。
    宗盛「それでも私は都還りしていただきとうございます!」
    時忠「それでも棟梁か!」
    宗盛「棟梁ゆえにございまする!!」

    宗盛が生まれたとき清盛が投獄されていたこと…。
    忠正が斬首される日にそうとは知らずに酷いことをしてしまったこと…。
    元服が平治の戦で早まり、まともな元服も行われないまま頼朝と対峙し、腰を抜かし恥をさらしたこと…。
    捕らえられた頼朝に悪口を叩きつけお婆さまに叱られたこと…。

    回想シーン+宗盛の辛さで(´;ω;`)ウウ・・・

    宗盛「すべて私にござります。私は重盛の兄上とは比べものにならぬ…出来の悪い男…拙い棟梁でござりましょう…。それでも私は、平家の棟梁でございます。平清盛の子でございます。私が一門の役に立てることがあるとすれば、今この時!父上をお諫めすることにございます!」

    宗盛「還りましょう…父上…。平安京に…六波羅に…。」

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    宗盛「平家がすっかり孤立してしまわぬうちに…。今は堪えて…何卒都還りを…決めてくださいませ!」

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    宗盛の涙ながらの訴えに心が動かされた清盛は還都を決める。

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    重盛の時と同じだね。

    正妻の嫡男だからと棟梁に執着し、いざなってみたら弟たちに意見を求める始末。
    宴だけは父の指示に従い盛大に…ダメ棟梁じゃん!って思っていたけど、宗盛は宗盛なりに傷ついていたんだね…。
    重盛の後ろに従えていた時には気づかなかったことも、棟梁になって初めて気づけたことは多かったんじゃないかな?

    それから頑なに突き進むことの多い清盛も、情に厚い人だったんだとAKIは思う。
    母に頼まれて頼朝を助け、常磐御前に頼まれ牛若兄弟を助け、重盛と宗盛の涙の訴えに心を動かされた人だもん。
    それが清盛のいいところでもあり、敵に隙間を与えてしまうきっかけにもなってしまうんだけど…。

    一門の一人一人を見つめる清盛。
    清盛は一人で戦っているんじゃないよ…みんなが、家族がついているよ…。
    清盛に通じたかな?
    ”無頼の高平太”だった清盛だからこそ気づいて欲しい…。


    安徳天皇のために建てた福原の新内裏が完成し、五節の舞を献上した華やかな宴の中、さまざまな思いが蘇り一人涙する清盛。
    清盛がずっと目指していた”武士の世” とは何だったのか…と。

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    ついに清盛が福原を後にする日。
    屋敷には枯葉が舞い、かつての栄華はどこにもない。
    庭に降り、かつて兎丸が大輪田泊をつくる案を清盛に説明した時に使った杯の残骸と小石を見つめる。
    そこへ小兎丸たちがやってきた。
    小兎丸「おれはここに残るで。おとうの志を守る!」
    静かに頭を下げる清盛。
    大きな夢が儚く散ったんだもん、気落ちするのは当然だけど、強い清盛のままでいて欲しかった…(ノ_-。)

    そして鎌倉では”清盛の目指した本当の武士とは…武士の世とは何だったのか?”と頼朝もまた、はかりかねていた。
    そこへ義経と弁慶が登場!
    古くから義朝と清盛を知る弁慶が若き日の清盛を語る。
    清盛が故意に神輿に矢をを射たのは、”白河院や鳥羽院が乱した世に報いた一本の矢”だという。
    ”朝廷に入り込み、そのしくみそのものを壊し、変え、謗らえながらも新しい都をつくる”
    清盛の凄まじい生きざまと志を知った頼朝は自らが進むべき道に気づく。

    そして、その頃大事件が起こっていた。
    南都の僧兵の反乱を鎮圧するために向かっていた重衡が誤って南都の寺たちを炎上させてしまったのだ。
    事の大きさを指摘する家臣たち、弟を弁護する兄たち。
    そんな中「もはや運が尽きた…天は平家を見放したのじゃ。」とすっかり弱気な発言の清盛。
    そこへ意気揚々と戻ってきた重衡は屈託のない笑顔で戦果を語り始める。
    困惑する清盛。

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    そして凍り付く一門。

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    清盛が~~!キ~ック!はたまたパンチの嵐?
    この後何が起こるのかTVの前で~(°°;)))オロオロ(((;°°)~するAKI。

    「重衡、ようやった。」 (・_・)エッ....?
    思いっきり悲しそうな顔なのに、無理矢理笑顔をつくって息子の働きを褒める清盛が痛々しいよ…つД`)・゚・。・゚゚・*:.。

    ”もはや運が尽きた…天は平家を見放したのじゃ”の言葉に尽きるのかな?

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    来週の予告で見た清盛の笑顔。
    そして最終話の予告で見た”我が墓前に頼朝の首を供えよ!!”と死を目の前にしても力強く命ずる清盛の姿。
    弱気なままの清盛で終わってほしくないです。

    平清盛 「宿命の敗北」

    今回から源氏のシーンがぐ~んと多くなりましたねΣ(;・∀・)

    頼朝挙兵の知らせを聞いた清盛はすぐに追討を命じる。
    その総大将に任命したのは孫の維盛。
    これにはそこにいた誰もが「えっ?」
    清盛「維盛はわしの孫ぞ!これしきの戦を仕切れずになんとする!」
    軍師に伊藤忠清をつけるって言ったってね~…些か心配…。

    石橋山での戦は、大庭景親、伊東祐親(頼朝の子を殺した前妻・八重姫のお父さん、まだ生きてたのね!)からの攻撃を受け惨敗。←な~んだ、やっぱり頼朝ダメじゃん
    その後、洞窟に身を隠す頼朝一行。
    それを見つけたにもかかわらずあえて見逃した敵方の武将・梶原景時。
    景時がなぜこんな行動を取ったのか未だわからない…。
    敵方で戦いながらも心は源氏方だったってこと?それとも歴史を操る神の悪戯?
    もし景時がこの時点で討ち取っていたらまた歴史は違うものになっていたかと思うと、歴史的には有名でない梶原景時もある意味すごい人だよ。

    一方平泉では…
    すっかり凛々しい青年に成長した義経が「頼朝兄ちゃんの加勢に行きたいよ~。」と藤原秀衡にお願いするけれど「今はまだその時期ではな~い!」と断られていた。

    秀衡「運も度胸もなければ勝てぬのが戦というものじゃ。」
    その言葉を聞き、的に向かって走る弁慶。

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    「殿~~!わしの頭の真上にあるこの的の中~央~を射抜いてくだされ~。」←べ、弁慶、何言ってるの?∑(゚∇゚|||)
    弁慶「これを成し遂げればわれらの運と度胸、秀衡さまも得心してくれようぞ。」←まぁ、そうでしょうけど…
    秀衡「断じて逃げるでないぞ!目を閉じることも許さん!」←秀衡さんも大人げない…

    だけど義経、”やる時はやる子”。
    しっかり中央を射抜き秀衡の許しをもらっちゃいます(*^ー゚)b
    それを聞いてバタッと倒れる弁慶 ( ´艸`)プププ 無理しちゃうから…

    その頃各地では次々と源氏武士が決起。
    平家一門も追討準備。
    ”いざ、戦!”って時にも清盛は福原の内裏建築を強行しようとしていて…。
    そこに居合わせた誰もが「それはどうなんだべ?」と思って意見しても、頑固ものの清盛爺さんには全く届かない(;´д`)トホホ…

    清盛「国づくりを成し遂げることこそが真の勝利!武士とは勝つことじゃ!」←国づくり以外は”ど~でもよ~い!”って、他のものは完全に見えなくなってるね

    度々アップになる黙りの国盛…あなたが何を思っているのか知りたいよ~。

    そして頼朝の方は、東国の名だたる武士たちを着々と味方につけていた。
    今こそ父(義朝)の悲願武士の世をつくるのじゃ~。」

    【プチ知識】
    今回源氏勢の中に土肥、上総、千葉、三浦、伊東と名乗る人が登場してAKIにとっては身近でよく知る地名だけに敵方ながら嬉しくなっちゃいました。
    これって調べてみたところ地名由来のようです。(土肥に住んでるから土肥さん)
    時代や名字によっては違うものもありますが、この時代はそんな感じだったみたいです。


    源氏方が一つにまとまって戦の備えていた頃、総大将・維盛と忠清は六波羅にとどまっていた。
    維盛「すぐに出陣じゃ!」
    忠清「日柄がよろしくござりません。今は”十死一生の日”、ここで出陣しては生きて帰れる見込みがござりません。」←陰明道ね!こうした吉凶の日を当時の人は重視していたのね!
    忠清が”戦とは…”と語ろうが全然維盛には届かない…この頑固さは清盛爺さんゆずりね。

    結局、維盛に従って出陣してしまった忠盛。
    忠盛はこのとき”死ぬ”覚悟をしたのかな?

    富士川を挟んで陣を置く平氏と源氏。
    続々加勢が駆けつける源氏に対して、逃げ出す兵あり、期待していた加勢も次々源氏に捉えられ…その上お腹もペコペコで苛つく兵たち。
    ど~するの~?維盛~!!って思っていたら「遊び女を連れて参れ!」ですって!?
    戦をしようって時に陣中に遊び女って…。
    忠清じゃなくてもびっくり!!
    これだからお坊ちゃまは…┐(´д`)┌ヤレヤレ
    もうこんなことなら忠清一人の方がどんなに良かったか…。

    平家のこんな状態を全く知らない清盛は、厳島でのほほ~んと新しい国づくりに頭がいっぱいみたいで…。
    「わしは亡き父の悲願を成し遂げねばならぬ故。」

    47_50_2

    「(悲願とは)武士の世をつくることじゃ。福原に内裏をつくり、そこに我が血をひく帝にお住まいいただき、その地で政を行う。そしてその政をあやつに見せるのじゃ。…あやつに見せてやる!わしが目指した武士の世を…。我が友の子に見せてやる!

    47_50_5

    このくだりが本当に清盛の国づくりを強行する理由だったら嬉しいけど、ただの野望にしか見えないところも…。

    47_50

    こんなにキラキラした目をして未来を友・義朝と語り合っていた清盛はどこに行ってしまったの…?(ノ_≦。)
    同じことを言ってても全然違って聞こえるよ。

    そして富士川の戦場では…
    平氏は遊び女を囲んで酒宴に盛り上がっており、誰一人として源氏が忍び寄ってきているのを気づかない。
    仕舞いには水鳥が飛び立つ音を奇襲と間違えて慌てふためき、総崩れ。

    あまりの呆気なさに失望する頼朝。
    この勝利でますます勢いに乗った感じがする。

    清盛と対峙すべく京に向かうことを命じた頼朝だったけど、重臣たちから”まず足元を固めるのが先決”と言われ、それに従う…武士の世をつくるために…。←どこかの頑固者と大違い(*^m^)

    そこへ義経&弁慶登場!!
    初めは義弟の登場に困惑ぎみの頼朝だったけど、”血のつながり”ってやつなんですかね…すぐに受け入れ、「よう参った。つもる話をしようぞ!」

    Photo_2

    Photo_3

    見つめ合うお兄ちゃんと弟…いいね、いいねheart04

    この日を待っていた弁慶は涙、涙。

    Photo_5

    一方平家の方は…
    無惨な負け方で六波羅に逃げ帰ってきた維盛と忠清に激怒する清盛。
    ヨタヨタ歩きで登場したかと思えば、維盛を見つけるなりバシッ、バシッ、バシッと連打
    !!(゚ロ゚屮)屮
    西光への連続キックを思い出したよ。
    しっかし…いつも思うのは、この暴走・清盛爺さんをど~して一人しか止めにいかないんでしょう???
    無理でしょう…この爺さんを一人で止めるのは…。

    戦いもせずにおめおめと戻ってきた責任を忠清にただす。
    忠清「死んでお詫びをしとうございます。」
    清盛「よう言うた。」
    ちょ、ちょっと清盛爺さん、興奮中でもそれはどうなの?
    忠清は先代からず~と平家のために尽くして来た人だよ。

    清盛「武士とは勝つことじゃ!いかなることをしても勝ち続けることじゃ!此度の惨めな敗訴、これまで築いてきたものを壊しかねぬ過ち。侍大将ならば命をもって贖うのが相当であろう。」

    忠清「平家はもはや武門ではござりませぬ。殿ご自身が、もはや武士ではござりませぬ。」
    死を前にした忠清だからこそ言えたこの言葉…重かった。

    そうだよね…清盛が剣を振り回していたのはず~~と昔のこと。
    平家の力が強くなってからの子や孫たちは、戦なんかしたことあるの?
    戦の仕方すら知らずに育ち、武芸もろくにしてこなかった平家はもはや武士ではないよね。
    清盛の言う”武士の世”は平家にはもうないのかも?

    忠清の痛烈な批判に激怒した清盛は宋剣を振り下ろし、忠清を斬首しようとしたその瞬間!
    剣の重さに振り回されて尻餅をつく。

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    そして亡き父・忠盛から教えてもらった言葉を思い出した。
    「おのれにとって生きるとは何かを見つけたとき、心の軸ができる。心の軸が体を支え、心を支えるのだ。」

    心の軸を失っていたことに気づいた清盛。
    これからどう変わる?


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